Yusuke Muroi

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  • ■2009

    現代芸術という領域あるならば、当時の私はその領域に属することを目指していなかった。この頃最も関心を持っていたのはグラフィティ(街の落書き)であり、私は田舎住まいながらも好奇心の赴くままにグラフィティについて調べていた。歴史や手法は文献から学び、ときには直接グラフィティを見るために都心へ出かけた。また、投稿型のウェブサイトでは、写真に収められた世界各地のグラフィティを見ることができた。それは、現場を訪れなければ鑑賞できないグラフィティの性質を覆し、リサーチのために大いに役立った。
    そして、私はグラフィティにおける多様化する手法について特に興味を持つようになる。依然グラフィティといえばラッカースプレーやステッカーといった制作手法を多くの人は思い浮かべるだろう。しかし2000年代中頃から新たな手法を駆使する者が世界各国で現れた。彼らは反射板やテープ、植物などをグラフィティの手法として取り入れていた。私は、このような新しい手法に触発され、最初の作品を現代芸術の領域としてではなく、あくまでグラフィティとして制作した。しかし郊外が生活圏の私にとって、そこでの試みはグラフィティのリテラシーがある人間に見られることもなく、言うならばアウトサイダーグラフィティとしてぽつねんとしていた。




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    『カラーフィールド/水たまりに絵の具を溶く』

    この作品は雨の後に現れた水たまりに絵の具を溶いて着彩することを複数の場所で試みた記録である。私はこのとき、従来のグラフィティの手法を追求するよりも新しい手法を探り、グラフィティを拡張、更新しようと考えていた。 そこで、私はグラフィティが多く見られる都市ではなく、郊外でグラフィティをおこなうことを肯定し、実行した。また、現場に作品を残し続けようとすることよりも、一時的に成立しさえすればよいと考えるようになった。しかし、このような制作方法では第三者が私のグラフィティを見つけることは難しい。よって、私は自らのグラフィティがそこに存在していたことを記録するために写真に収めるようになった。




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    『カラーフィールド/蜘蛛の巣を装飾』

    これはカラフルな綿状のボールが付着した蜘蛛の巣のある光景である。最初の作品同様にグラフィティとして、複数の場所で試みた。私は制作をおこなうにあたって、場所に介入するための許可は取らないし撤去を行うこともしない。グラフィティのルールを拡張しながらも、そのような点を重視した。私は匿名の人物が無断で作品を屋外に放置する行為こそグラフィティの本質であると考えている。つまりグラフィティは誰かに許されてから行われるものではない。このような私の試みは、今後も続き、いくつかの作品を『カラーフィールド』 というタイトルでまとめることにした。




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    『風景のインターフェース(1)』

    公共の場にグラフィティで介入する為の方法として私はどこにでもある金網フェンスに注目した。また同時に金網フェンスの向こう側の風景にも着目した。私は金網フェンスを作品を設置する媒体とし、金網フェンスの向こう側の風景と接点を持たせようと考えた。そこで私は写真を部分的に切り抜き、金網フェンスに貼り付けた。その行為を私はグラフィティとしておこなっていたが、記録のために接写した際に、新しい風景を構築できるかもしれないことに気付いた。そしてグラフィティとしての行為が写真作品に変容した。しかし写真の質を高めることよりもその行為が私にとって重要だった。





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