Yusuke Muroi

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  • ■2012

    この頃、私はグラフィティという文化の衰退を感じていた。特に日本では、厳しい取締や清掃活動によって、制作に時間のかかる質の高いグラフィティは減り、質の低いグラフィティの量産を助長した。そして質の低いグラフィティは市民の反感をさらに買い、グラフィティの取締を加速する悪循環を生んだ。その結果、魅力的なグラフィティに出会う機会は著しく減っていった。また、世界では様々な新しい手法を駆使する者も現れてはいたが、多くの名声を高めたグラフィティライターは街に介入することをやめ、美術館やギャラリーで作品を発表するようになった。だが、守られた場所に存在するグラフィティは果たしてグラフィティだろうか。グラフィティは他者の視線を逃れながら無断で制作することが前提だったはずだ。グラフィティが芸術になることでその美学が失われ始めた気がした。私は芸術に不信感を抱き、自分の表現をそのような地点に置くことを回避したかった。よって、本来のグラフィティの在り方を肯定し、芸術を否定することについて考え始めた。芸術を否定するために芸術の外側を肯定するそのような考え方はアウトサイダーアートへの興味へと次第に繋がっていく。




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    『風景のインターフェース(2)』

    2009年に制作した『風景のインターフェース(1)』をブラッシュアップした作品である。アナログカメラでの撮影にも取り組み公募展に出品したが落選している。この作品はグラフィティの手法にルーツがあり、写真の構造について言及するものではなかった。美術館でグラフィティを発表することに疑問を感じていたのにも関わらず、公募展に応募したのは、この作品が現代芸術になるかどうかを試していたのかもしれない。




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    『タイトル不明(象徴)』

    グラフィティをギャラリー空間などの屋内に移築することに抵抗感を持っていた私は、これまでの制作方法をそのような場所で試みることをしたくはなかった。しかし、芸術を専門とする大学に入学してしまったことによって、作品を大学構内や美術館で発表しなければならないこともある。そこで、私はチープなものを乱雑に構成したインスタレーション作品を制作し、当時の私の態度を示した。




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    『Technology(1)』

    プログラミングソフトウェア Max/Msp を使用した音を奏でるドローイングであり、30パターンほど制作した。私は以前通っていた大学でプログラミング言語を理路整然と書いたことがあるが、今回はいかにそこから逃れられるか、を目指した。つまり、なるべく支離滅裂にプログラミング言語を羅列することにより、あえてエラーを作り出すような試みである。私はいつの間にか反芸術的な態度で制作をするようになり、常に基本や常識と反対側の行動をとるような天邪鬼になっていた。





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