Yusuke Muroi

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  • ■2014

    大学4年を迎える年にあたって、これまでの迷走期を打破するために、私は今持っているアイディアをすべて形にしようとした。また同時に、この頃の私の興味は現代芸術の外側にほとんど向いていた。そして、『評伝 ジャン・デュビュッフェ』という本に出会い、そこから大きな刺激を受けた。特にデュビュッフェが提唱した生の芸術(アールブリュット)の考え方に私は共感した。彼は美術教育を受けず根源的な欲求に基づいて制作する純粋な表現者たちの表現をアール・ブリュットとし、賛美していた。そして、そのアール・ブリュットの表現者たちの中には、しばしば先天的に持つ突出した能力を使って作品をつくり、自ら作品を発表しようと考えない者もいる。つまり彼らは現代芸術を専門として制作する人間の反対側にあるといえるだろう。なぜなら現代芸術として作品発表する人間は、知識や過去の作品を参照した上で、意図的に価値を生成しようとする目論見を少なからず孕んでいるからである。すなわち、そのような不純な芸術こそ現代芸術である。そしてアカデミックな場で、これまでに美術史に刻まれた芸術作品を知ってしまった私は、もはや後戻りできない。たとえ美術史において価値を生成することを拒否した上で制作をしても、それは美術史に一石を投じようとする行為に過ぎず、結局はその態度を美術史に刻み込もうとしてしまうからだ。もはや私は現代芸術から逃れることができない呪いをかけられたような状態に陥ってしまったとでも言うことができるかもしれない。




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    『ホワイトコンチネント』

    枯山水から着想を得て、路上に残った雪を大陸と見做し写真で記録していた。




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    『フラッシュバック』

    カラフルな反射材を配置し、夜間にフラッシュ撮影することで、一瞬立ち現れる風景を記録した。




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    『洗濯バサミは個人の自由を主張する』

    私のグラフィティは閑散とした郊外でおこなうことが多かったが、都市で本格的におこなうことを改めて始めてみようと思った。そこで、洗濯バサミを私のタグとして都内に大量に取り付けた。この試みは中西夏之が読売アンデパンダンに出展した『洗濯バサミは撹拌行動を主張する』に由来があり、これまでとは逆に芸術の領域からグラフィティに移築することを目指した。




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    『近郊』

    現代芸術作家ペーターフィッシュリ&デヴィッドヴァイスの作品の邦題『均衡』に基づく。タイトルに当てはめた『近郊』は郊外を示している。私は郊外の荒れ果てた駐車場で一時的に成立する彫刻をその場にあるもので制作し写真で記録した。そしてそれぞれにタイトルを付けた。最後の写真にある猫はどこからともなく現れた。




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    『く』

    随分と幼かった頃の私は、水面に刺さった木の枝と水面に映った木の枝が合わさった形を、平仮名の「く」と読んだ。 そして今となって、たまたま田植え前の水面を眺めていたときに、不意にそんなことを思い出した。私はいつからそれを「く」と読むようになったのか、そして、いつからその「く」を忘れたのかは分からない。




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    『登れない雪山の眺め』

    もともとそこにあった風景かもしれないし、私が描いたのかもしれない。コンクリートの壁の中に存在する雪山を私たちは眺めることしか出来ない。




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    『Technology(2)』

    2012年の『Technology(1)』と同様に本来の使用方法から離れ、技術を有機的に扱う試みである。そこで今回私は稚拙な線をレーザーカッターで画面上にいくつも刻み込み、数十枚のドローイングを生産した。また、いくつかの昨品は画家ルーシオ・フォンタナやサイ・トゥオンブリーの作品のオマージュになっている。




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    『タイトル不明(集積)』

    振り返れば大学に入る以前から私は日々絵を描いていた。そして、それらは有名なグラフィティの模写や、当時私が夢中になっていたウェブサイト『my space』に参加している若手アーティストのドローイングから影響を受けたものであった。私には根源的な表現欲求や、先天的な突出した能力は何もなく、いつも何かを真似ることばかりしていた。それは憧れの対象と同等になりたいという欲求からかもしれない。だが、それでは近づくことはできても、決して憧れの対象を超えることはできないのである。そして、それに気づいた私は、次第にアレンジを試みるが、そうすると今度は別の何かに似てしまうか、破綻してしまうのだ。私は常に誰かの真似から逃れられないらしい。しかし、それでも私は新しい着地点を求めてより多くのイメージを吸収した。特に、自らの反芸術的な考えから辿り着いたアール・ブリュットによる衝撃は大きく、私はその先にある表現を獲得したい気持ちに駆られた。しかしアール・ブリュットの模倣の域から脱することは難しかったのである。
    そもそも、アール・ブリュットは誰かの作品の真似事からは生まれない。もし、アール・ブリュットの作者が誰かの真似をしても、癖や独自のモノの見方によって単なる真似事になることを阻んでしまうだろう。なぜなら彼らは唯一無二の能力の持ち主だからである。それゆえに彼らの昨品はむしろ誰かに真似される対象となるのだ。事実、かつてから多くの芸術家によって参照されている。そして、私もまた参照する側の人間に過ぎなかったのだ。
    そういえば、2010年頃から親しい友人との会話で繰り返し登場する言葉があった。それは『本物・偽物』という言葉だ。文字通り捉えるならば、本物は唯一無二の原石であり偽物はその模造品だ。そして、唯一無二の原石はありのままで大きな価値を持ち、アール・ブリュットもそうであると私は考える。つまり私は本物に憧れていたのだ。だが、この場合、私が本物に憧れるという事実は、大きな価値を手に入れたいという欲望によるものに過ぎないのかもしれない。つまり、搾取とエゴイズムの顕れによるものである。一方、だからといって、彼らの大きな価値を紹介・提示しようとすることも芸術を知った人間による傲慢に過ぎないのだ。私は自らの行動に罪悪感を伴いながらも、それでも本物を追求しようとしたのである。
    しかし、結局のところ私は彼らに対して偽物であることを覆すことはできない。なぜなら根本的に彼らの背景や能力を携えていないからだ。本物の表現者たちには表現をするための必然性を携えている。しかし、私にはそういった必然性など無く、言うなれば表現者になる資格すら無いのかもしれない。私はかつて友人から偽物というレッテルを貼られ苦心していたが、それも今となっては頷けるのである。だが、それでも私は本物に近づくことを追求し、約9ヶ月間試行錯誤をした。いや、してしまったのかもしれない。そして、その過程を作品として提示しようとしたのだ。しかし本質的には本物になれないのだから、諦念から生み出される何かが本物になることを期待していたのかもしれない。そしてこの作品はのちに卒業制作へと繋がっていく。グラフィティやアール・ブリュットを信用していた私は反対側にあるアカデミックな芸術の中で答えを出さなければならない義務と向き合い、答えを探る行為そのものを答えとして提示するしか現時点ではできなかった。





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