Yusuke Muroi

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  • ■2017

    この年、私はこれまでの仕事を辞めて東京藝術大学の大学院を受験し、入学した。大学院に入ることが果たして芸術のフィールドに戻ることと言えるかどうかは、もはや分からないが芸術を研究するための機関に入った。そこでは研修のために初めてフランスを訪れ、リスペクトするジャン・デュビュッフェの作品がある土地を自主的に巡ることもできた。しかし結果的には大学院は私にとって居心地の良い環境ではなかった。なぜなら、アカデミックな環境は私の表現にとってもともと足かせのようなものであり、それだけではなく、アカデミックな環境の外側にいつも優れた表現があることを知っているからだ。とはいえども就職をしながら作品を発表し続けることは困難であり、駆け込み寺のように逃げてきたに過ぎないのかもしれない。私は芸術家になることを放棄して就職することを決めたはずであったが、やはり結局は芸術家を目指していたのだ。私にとって芸術家になる道が絶たれないような丁度良い場所を探すための猶予施設としての居場所がここなのかもしれない。




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    『nuisance(洗濯バサミは個人の自由を主張する)』

    これは公募展、群馬青年ビエンナーレの入選作品である。だが、当初の出展プランとは異なっているという事実がある。当初は美術館の中で別の出展プランがあったのだ。しかし、公募展にも関わらず書類審査の後「あなたの作品は野外作品のほうが評判が良いからそちらに変更して欲しい。」と連絡があり、急遽変更することになった。これまでも幾度となく誤解されてきたが、野外の作品は単なるパブリックアートではなくルーツがグラフィティにある。よって美術館の庭にそう簡単に移築したくはなかった。 そこで、私は2014年に都内で試みた「洗濯バサミは個人の自由を主張する」と厄介者を意味する「nuisance」を組み合わせたタイトルで樹木に大量の洗濯バサミを設営した。




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    『覚束ない不確かな事実』

    この年はどうにも作品出品を通して論争が多くなってしまった。作家は発注された要求を答えることが仕事ではない。キュレーターのあらゆる要望を受けながら新作をつくるのは本来の制作の在り方とは言い難いと私は考える。今回、この展覧会では街なかを展示会場としていたため、野外作品としていくつかの要望があった。しかし、私の作品の本質とは相容れなかったため私はそれらを拒んだ。そして原点に戻って深夜の都内でグラフィティとして作品を設置することを希望し、実行した。その行為は展覧会会場のみならず、外側にも広がり、来場者に対しては見つけられるかどうかに委ねるのみだった。また、自らのその痕跡を撮影し、インターネット上に随時アップロードした。




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    『地に足がつかない』

    これは『谷中アートプロジェクト』という企画におけるフランスの学生と東京藝術大学の学生によるグループ展に出品した作品である。場所は彫刻家平櫛田中が住居兼アトリエとして使用していた古い建築であった。だが、そもそも私がここで展示をする必要があったかどうかは分からない。芸術は古い家屋を再生するための引き立て役ではない。これを大学の課題と言ってしまえばそれまでだが、柔軟に自分の作品として落とし込みたかった。ともあれフランスの学生と展示をするという今までにない経験から学んだことは多い。 まず、言語の壁はあるが、ディスカッションから展覧会を作ることが始まった。そこでは、この家に既にある家具を一切使わない旨をフランスの学生は述べていた。彼らは何もない空間をつくり、そこに作品を置く主義のようだ。そこで、私は彼らが使わないといった家具、特に机や椅子に着目してみた。そして私はそれらを1つの部屋に集めてひっくり返し、脚の部分を残して他をアルミホイルで覆った。私はアルミホイルと日本家屋の強い対比効果を狙った。また、この部屋には天窓があり、そこからの光によってアルミホイルが明るさを増すことも狙っていた。あるフランスの大学の先生は「不安になる、震災の風景に見える。」と述べたが、それは作品が私の意図を離れ一人歩きし、語り始めているように思えた。




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    『再構成』

    これらは『地に足がつかない』で使用したアルミホイルが入っていた箱と、その芯で作られた彫刻作品である。私がフランス滞在時に宿泊したル・コルビジェの建築『ラ・トゥーレット』から着想を得たものでもある。そして、偶然にもこの作品は、一人のフランスの学生がつくった作品と調和と対比を生み出し、同じ空間でコラボレーションをすることができた。 作品が言語の壁を超えた気がした。




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    『再生』

    『地に足がつかない』で発生したゴミを利用した作品である。ゴミで造形し、多肉植物のような色で塗ることで作品として再生させようとした。また、ぞんざいで得体の知れない物体ではあるが、これらは収穫された設定としてここに在り、その収穫の喜びを空間構成で演出したかった。




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    『Charming Girls』

    この頃から私が極端に魅了されたものをテーマにした作品であり、執着を発揮できた作品と言えそうである。その執着の正体についてはいつか別の機会で記述するかもしれない。





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