Yusuke Muroi










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  • ■2023



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    Pinch-in Show from Pinch-out Brain (2023)
    ビデオ
    1分18秒
    『第一回やまなしメディア芸術アワード』ウェブサイト上にて公開


    路上観察を通して見つけた、日常生活においてほとんど無視されがちなものに編集を加えることで、不可解な存在感を与える――私はこの行為を「みょう化」と呼びたい。
    本作では、支線カバー(電柱に向かって斜めに伸びている黄色い棒状の部材)を「みょう化」することを試みている。
    支線カバーを垂直になるように撮影し、iPhoneのピンチイン・ピンチアウトの操作、見た目は似ていても機能が異なる遮断機の要素、さらに茨城県でよく耳にするクビキリギリスの鳴き声などを重ね合わせ、映像作品として構成した。




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    Under Construction (2023)
    ミクストメディア,ロードペイント
    サイズ可変
    『Track, dash, stroke』 GOYA CURTAIN, 東京


    道路に使用される塗料と、ホコリを固めてアスファルトに見立てたマテリアルを用いた、ミニマルな彫刻作品。それぞれの形状は、幼少期に近所で見かけた噴水彫刻などから着想を得ている。
    2012年には、「アンチ・ホワイトキューブ」を掲げて道路を主題にした平面作品を発表したが、本作はその際に余った塗料をいかに使い切るかを考えた末に生まれた、ブリコラージュ的な側面も持つ作品である。




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    ムーギンカート (2023)
    ミクストメディア(油彩、アセトン、トナー、パネル、キャンバス、紙、 木材、紙粘土、針金、ブラウン管テレビ、石、貝殻、ぬいぐるみ、 既製品ほか)
    サイズ可変
    『TOKAS-Emerging 室井悠輔 「ムーギンカート」』 Tokyo Arts and Space Hongo, 東京


    私が3歳か4歳くらいの頃、地元・群馬のショッピングモールの店先の棚には、銀色に回転する幾何学的なオブジェがよく飾られていて、それを眺めるのが好きだった。父はそれを「ムービングアート」と呼んで教えてくれた。
    今、手元に残っている私の描いた絵の中で最も古いものは、そのムービングアートを描いた絵である。幼稚園のお絵かきの時間に描いたもので、先生に「何を描いたの?」と聞かれ、「ムービングアート」と答えた記憶がある。けれど、幼さゆえに滑舌が悪かったのか、あるいは絵から連想できなかったのか、絵の右下には「むーぎんかーと」と記されてしまった。
    本展示では、このような齟齬(ずれ)から生まれた「むーぎんかーと」の絵を模写あるいは転写し、その上から加筆を加えることで、絵画として再構築・更新することを試みている。

    《ステートメント》
    この絵がいいとかわるいとか、さざえの味が理解できるようになったようにその感覚もアップデートする。主観的その判断に罪悪感を伴いつつも、作品のためのエゴイスティックなこだわりとして逃れられなくなっている。
    抵抗してきたはずの美術のシステムの中に回収されなければならない、と思うようになったのはいつからだろう。「こんなになっちゃった」と思うか、それをポジティブに捉えるか、自分に対する他人の評価を捨てられない狭間で自己を演じ続ける。幼少のころの私はシステムもそれに抵抗することも知らず、ただただモノの形に関心をいだいた。
    「今日も1日ご安全に!」生活のために機械点検の仕事をおこなう日々、いつまでも眺められるいい絵を探すように時間外で制作をしている。




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    無題 (2023)
    ミクストメディア(油彩、アセトン、トナー、パネル、キャンバス、木材、ぬいぐるみ、既製品ほか)
    サイズ可変
    『Art Fair Beppu 2023』 別府国際観光港旧フェリーさんふらわあ乗り場, 大分


    これまでに発表してきたインスタレーション作品の中から、平面作品をピックアップして整然と並べる。各作品の文脈は異なっており、全体としては空間内におけるナンセンスなコラージュともいえる。




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    車輪の下 (2023)
    ミクストメディア
    サイズ可変
    『中之条ビエンナーレ 2023』 野反ライン山口, 群馬


    食堂としての役目を終え、この場所が完全に閉じられてしまう前に、ここを弔うための儀式的なインスタレーションをおこなった。
    建物が朽ちたことでできた外部からの侵入口は、出口を見失ったどうぶつたちが命を落とす罠にもなっている。滞在中、亡くなったどうぶつたちを埋葬するたびに思い出すのは、自分自身がこれまでに目の当たりにしてきた動物の「死」にまつわる記憶だった。
    飼っていたハムスターの死。駆除という名目で自ら手にかけてしまった虫たち。車に轢かれてしまった猫。自分なりに弔ったこともあれば、見て見ぬふりをしてしまったこともある。
    飼い主に看取られるハムスターもいれば、誰にも気づかれず天井裏で死んでいくネズミもいる、そんな不公平さ。けれど、「看取られることで報われる」と信じているのは、人間の都合に過ぎないのかもしれない。
    この建物の終焉と、自分自身の内省とを重ね合わせながら、「今ここで展示発表ができる」という特権性の暴力さえも浄化しようとする試みである。

    《ステートメント》
    ここで昔の記憶を掬い上げるようなことをしても、この建物を語れる権利が得られるとは限らない。 廃墟のような今の姿が、この建物の最先端ともいえるだろうし、退廃的な美を私は尊びたい。 敷地内にある立派な鳥獣供養塔は、私がこれまでに目の当たりにした「死」の姿で記憶されたどうぶつたちを思い起こさせる。時を超えて、「死」で途絶えていたどうぶつたちへの弔いを考えたい。この建物の歴史の延長線に立つよそものの私も、いつかこの建物の記憶となっていくのだろう。





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